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ウニマティックのコレクションにツールウォッチシリーズが追加

ウニマティックは先週、ブランドにとってふたつ目のパーマネント(定番)コレクションとなるファン待望のツールウォッチシリーズを発表した。このシリーズは2種類のモデルを軸とした合計4つのバリエーションで構成されており、すべてがクォーツ式でMIL-STD-810基準(米国国防総省が制定した軍用製品調達時に使用される基準)のミルスペックを満たしている。そしてフィールドウォッチまたはダイバーズウォッチのスタイルで、ウニマティックにおいてなじみ深い端正かつ洗練された美観を表現しつつ、タフで価値のある日常使いのツールウォッチを提供することを目指している。

口コミ第1位のオーデマピゲ スーパーコピー 代引き専門店ツールウォッチシリーズは350ユーロ(日本円で約5万8500円)からスタートし、フィールドウォッチスタイルのモデル(モデロ クワトロ UT4およびUT4-GMT)と、ダイバーズウォッチベースのモデロ ウノ UT1およびUT1-GMTがラインナップされている。主なスペックは以下のとおりだが、UT4のサイズは直径40mm、UT1は直径41.5mm(これはベゼルを含めたサイズで、ケース自体は直径40mm)だ。すべてのモデルは300mの防水性能とサファイアクリスタル、クローズドケースバック、スーパールミノバ®️に22mm幅のラグを持ち、そしてラグからラグまでが49mmとなっている。

 各リファレンスの名称を見れば明らかなように、どちらのバージョンもセイコーの VH31クォーツムーブメントを搭載した時刻表示のみのモデルか、ロンダ515.24Dクォーツムーブメントで駆動するGMTモデル(ダイヤルの6時位置にデイトと12時位置にデジタル表示のクールなGMT窓を装備。どちらもあまり目立たない)から選択可能だ。またムーブメント由来の機能に加えて、UT1は60分のカウントダウンベゼルも備えている。

unimatic tool watch
 最後にそのほかのスペックについて。この新しいシリーズは1.22m(約4フィート)の高さからコンクリート面への26回の落下試験など過酷な耐久性テストをクリアしており、すべてMIL-STD-810基準のミルスペックを満たしている。ウニマティックによると、ケースのエッジ、表面、角ごとに各1回ずつ落下テストを行っているのだという。さらにケース内部のムーブメントの保護については、ウニマティックが360° プロテクションシステムと呼ぶ特別なムーブメントホルダーによってなされている。

 価格はUT4が350ユーロ(日本円で約5万8500円)でUT1が425ユーロ(日本円で約7万1000円)、UT4-GMTが450ユーロ(日本円で約7万5000円)、UT1-GMTが525ユーロ(日本円で約8万7600円)である。米ドルで考えると昨今のレートでは約380ドルから570ドルの範囲になるが、ウニマティックの米国小売業者が最終的な価格を決定することに留意すべきだろう。

我々の考え
多くの人がクォーツウォッチを軽くみていることは承知しているが、このシリーズはデザイン的に優れていると思うし、シンプルなクォーツムーブメントを採用するというバリュー感を重視したアプローチが気に入っている。もしかしたら、この時計があなたにとって初めてのツールウォッチになるんじゃないだろうか? 普段はオフィスでドレスウォッチを身につけているが、週末には手軽で楽しいものが欲しいと思うかもしれない。または過酷な場所に赴いて厳しい作業に取り組むために、正確で信頼性が高く、控えめな見た目の時計を求めることもあるかもしれない。クォーツウォッチはシーンや場所を選ばず使用できるだけでなく、特定の価格帯での選択として理にかなっている。

unimatic tool watch
 機械式時計で得られる体験をすべて捨ててまでクォーツウォッチを選ぶべきだとは思わないが、どんな時計コレクションにあってもこの手軽な選択肢は決して邪魔にならない。また、ツール系クォーツウォッチの愛好家として、ウニマティックらしいスタイルとクォーツならではの気取らない特性(ご存じのとおり、オプションで選べるGMT機能とオレンジのアクセントも大好物だ)がミックスされたこの時計は文句のつけようがないと思っている。

 価格については妥当だと思うが、驚くほどではない。お値打ち感はあるが堅実なクォーツウォッチはより安価に見つけることもできるし、今回採用したムーブメントのどちらも高精度を主張するものではない(クォーツウォッチの精度に対する、個人的な好みの問題だが)。

unimatic tool watch
unimatic tool watch
unimatic tool watch
 ウニマティックの標準的な機械式時計が、非常に近しい価格から用意されていることにも注目すべきだ(U2 クラシックは7万3700円、U1 クラシックは9万3500円)。どちらもCal.4R35によく似たセイコー製のCal.NH35Aを採用している。それでも僕はCal.NH35Aの使用感よりクォーツの高精度を好ましく思うだけでなく、ツールウォッチシリーズ全体に共通する美観もミニマルなクラシックシリーズより気に入っている。あとこれは雰囲気と好みの問題だが、UT1のアラビア数字と1分刻みで目盛りが配されたベゼルは本当に素晴らしい。

unimatic watch
 ツールウォッチと呼ばれる時計は使いやすく、着用が簡単で、頑丈で信頼できるものでなければならない。ウニマティックの新しいツールウォッチシリーズはそのすべての要件を満たしているように見える。

 しかし悩ましい。この4本のうちどれを次の冒険に持って行くべきか、またはキッチンに向かう途中で近くのドアの桟(さん)にうっかりぶつけたりしてみたいか……。

基本情報
ブランド: ウニマティック(Unimatic)
モデル名: ツールウォッチシリーズ(全4本)

モデロ ウノ UT1: 40×13.2×49mm (ベゼルまで含むと41.5mm)、セイコーVH31(クォーツ式)
モデロ クワトロ UT4: 40×12×49mm、セイコーVH31 (クォーツ式)
モデロ ウノ UT1–GMT: 40×13.2×49mm(ベゼルまで含むと41.5mm)、ロンダ515.24D(クォーツ式)
モデロ クワトロ UT4–GMT: 40×12×49mm、ロンダ515.24D(クォーツ式)

ケース素材: ステンレススティール
文字盤色: ブラック
夜光: スーパールミノバ®️ C1
防水性能: 300m
ストラップ/ブレスレット: ブラックナイロン製ツーピースストラップ

unimatic tool watch
ムーブメント情報
キャリバー: セイコー VH31
機能: 時・分・秒表示
パワーリザーブ: 24カ月
精度: ±15秒/月
追加情報: 1600A/mまでの耐磁性

キャリバー: ロンダ 515.24D
機能: 時・分・秒表示、GMT表示
パワーリザーブ: 45カ月
精度: −1〜+20秒/月
追加情報: 1600A/mまでの耐磁性

価格 & 発売時期
価格:
モデロ ウノ UT1: 425ユーロ(日本円で約7万1000円)
モデロ クワトロ UT4: 350ユーロ(日本円で約5万8500円)
モデロ ウノ UT1–GMT: 525ユーロ(日本円で約8万7600円)
モデロ クワトロ UT4–GMT: 450ユーロ(日本円で約7万5000円)

パテック フィリップ Ref.2497:パテック初のセンターセコンド・パーペチュアルカレンダー

時計コレクターのなかには、ストライクゾーンの広い人もいれば、完璧主義者もいる。ヴィンテージのパテック フィリップに関しては、前者でいるほうが後者よりもはるかに簡単だ。その例のひとつとして、パテックの最も象徴的でありながら見落とされがちなリファレンスのひとつ、Ref.2497について話をしたい。

 Ref.2497は、パテック初の量産型センターセコンド・パーペチュアルカレンダーである。率直に言って、このモデルのデザインは奇抜であり、あえて言わせてもらうなら、パテックのパーペチュアルカレンダーのなかでも私のお気に入りというわけではない。今になってみれば、この記事の執筆にこれほど多くの時間を費やしたのはおかしな話だが、すべてはオンラインで簡単に答えが見つからなかったひとつのシンプルな疑問から始まった。しかし私でさえ、このリファレンスには形容し難い魅力があると認めざるを得ない。パテックの “ファースト”を冠するモデルには、少なくともじっくり見る価値があるのだ。

(シンプルに徹したダイヤルが持つ)ドレッシーさと(センターセコンドとエナメルミニッツトラックの)スポーティさの中間に位置付けられるこのケースは、クロノグラフプッシャーを廃したRef.2499の“実質コピペ”(あるオークションハウスが実際そう表現している)である。しかし、センターセコンドを持つパーペチュアルカレンダーは、パテックがRef.2497の製造中止以降30年間放擲(ほうてき)してきたデザインでもあり、ある意味、それが魅力に拍車をかけている。しかしそれ以上に重要なのは、数々の魅力的でユニークなバリエーションであり、逸話的にはこの時代のほかのどの複雑機構を持つパテックよりもはるかに玉数が多いとされているということだ。これらはマーケットにおいて注目すべき成果を上げただけでなく、どのコレクションにとっても素晴らしい要となることだろう。

パテック フィリップスーパーコピー代引き 優良サイトRef.2497とよく似た防水ケースのRef.2438/1と合わせ、1951年から1963年までの12年間に2種類の通常ダイヤルバリエーションと2社のケースメーカーによる個体が、わずか179本しか製造されなかった(ただし、私が見たパテックのアーカイブには、1959年以降に製造された時計は1本を除いて記載されていない)。内訳はRef.2497が114本、Ref.2438/1が65本であった。この総数は、当時のほかの非常に複雑なモデルとは異なり、888,000から始まる特別な専用ムーブメント番号が採番されていたため、容易に割り出すことができる。Ref.2497はまた、より長寿のアイコニックピースであるRef.2499の初期モデルの生産時期に符号する。しかし1964年までには、Ref.2497とRef.2438/1の両方がパテックのカタログから姿を消した。

Patek 2497 yellow gold
ドイツ語表記カレンダーを搭載した唯一のパテック フィリップ Ref.2497J。

 では、ヴィンテージパテックにおいて“完璧主義者”になることがいかに難しいかを示す好例がRef.2497と言える理由は何だろうか。114本製造されたうちのほとんどがイエローゴールド(YG)製であった。希にピンクゴールド(PG)製(約20本)、ホワイトゴールド(WG)製(3本)、プラチナ製(2本)が存在するが、いずれも37mm前後(コンマmmの誤差は割愛)、厚さは12~13mm程度である。Ref.2497はパテックの“プレミアム”モデルの最終型であり、ホワイトメタルはあまり採用されなかった。Ref.3448の登場により、ホワイトメタルはより一般的に採用されることとなった。

 2024年までに56本が市場に流通した。現代の価格は外れ値の約15万ドル(日本円で約2300万円)から300万ドル(日本円で約4億6175万円)超まで幅があり、現在は平均35万ドル(日本円で約5390万円)前後で推移している。2本のホワイトメタルの個体は数百万ドルの値がつき、特にコレクターのあいだで人気が高い。少なくともさらに7本の希少かつユニークピースで、重要な個体を含めた“全バリエーション”を手に入れようと思えば、数千万ドルの出費が必要だろう。しかしそれでも素晴らしいコレクションを築くことは可能だ。

 本稿は、2024年初めにモナコで4種類のケース素材のうち3つを同時に見るという幸運な機会に恵まれたことに端を発している。この3本の時計を所有していない限り(実際、所有している人物がいる。Instagramで@theswisscaveauと名乗る友人のデイブその人である)、博物館以外でRef.2497のケース素材違い3本が一堂に会すことはまずないだろう。

Patek 2497 first series in yellow, white, and rose gold
Instagramで@theswisscaveauと名乗るデイブのコレクション。

 Ref.2497の生産様式としては、ダイヤルデザインとケースメーカー別のふたつに大別でき、それぞれに第1世代と第2世代が存在する。オークションハウスのカタログやディーラーのリストでは、ほとんどの場合、ダイヤルデザインによってふたつの世代に分けられる。むべなるかな、Ref.2499がこうした扱いとなっているからだ。それが最も明白な違いでもある。しかしRef.2497は2499ではないし、この扱いはケースの微妙な違いが生み出す希少性を無視することになってしまう。さらに混乱させられることに、オークションハウスが、ケースの製造元によって世代が線引きされると言うこともある。これらの背景と、私が見た3本の時計によって、いくつかの疑問に対するよりよい答えを私は探ることにした。ダイヤルの世代の変わり目はいつか? 各世代は何本製造されたのか? これらの疑問、そしてさらに生まれた疑問は、答えがないように思えた。

 私のリサーチ(と一般に販売されているすべての個体を脇目もふらず分類した)では、私はRef.2497には3世代の(あるいは4世代の)シリーズがあると主張したい。当初、本リファレンスに対するこの見方は古いのではないかと思った。1980年代と90年代のアンティコルムのカタログを見ると、(2009年に至っても)3世代あると書かれているが、1本のユニークな過渡期の個体を第2世代と勘違いしているものだった。本記事で私はまったく異なるアプローチを主張し、学説を書き換えている。もしかしたら、それが定説となるかもしれないが、私は空想上の第3世代のRef.2497について一生語り続けることになるかもしれない。

 学んだことをすべてまとめようとしたら、結局長編になってしまった。そのため、本記事は2部構成の前編として公開する。前編では、ダイヤル、ケース、Ref.2438/1との違いなど、本リファレンスの通常生産モデルを分類し、理解するための基本的なディテールを取り上げる。後編では、レアでユニークな個体を取り上げ、価格の推移を追い、このリファレンスのヘリテージ(遺産)について理解したい。今のうちに警告しておくが、これはとてもきわめて濃い内容である。だが、もし将来研究したい読者がいれば、本記事が研究の手助けになることを願っている。

Ref.2497の2種類の(メイン)ダイヤル
Ref.2497に関する研究は、ある観点に限っては、ほぼ正しかったと言える。つまり通常生産のダイヤルには、大別して2種類の世代が存在するということだ。これらのダイヤルは主にシルバーオパライン色で、針とインデックスはスターン・フレール社製のケース素材と合致している。シャンパンカラーダイヤルや、後編で取り上げるいくつかの傑出した個体など例外もあるものの、一般的に“スタンダード”なRef.2497は、ホワイトまたはオフホワイトのダイヤルを備えている。また、販売店のサインが入ったRef.2497は、わずか6本しか製造されなかったことが知られている(オークションに出品されたのはガンビナーの1本のみ)。

 Ref.2497の初期の作品は、この時計が1941年から1952年まで製造されたパテック初の量産パーペチュアルカレンダー、Ref.1526から多くを継承していることは一目瞭然だ。Ref.1526は(ほぼ例外なく)、偶数(アワー)マーカーに小さなアラビア数字、奇数マーカーに小さなドットを配したことで、多くの余白を確保していた。手巻きムーブメントCal.12'''120Qを搭載したRef.1526は、6時位置のムーンフェイズ周辺に日付表示、同じ位置にスモールセコンドを配している。このたったひとつのインダイヤルには、秒単位にハッシュが刻まれたセコンドトラックとその外周円、日付トラックとその外周円が描かれている。それぞれのインダイヤルの針は、各々のトラックを指している。極めつきに、このリファレンスでは非常に繊細な“フィーユ(feuille)”、つまりリーフ針が採用されている。独創的でコンパクトだが、そのレイアウトはダイヤル底部がヘビーな印象だ。

Patek 1526
パテック Ref.1526は2016年のコラムBring A Loupeで取り上げた。

 ダイヤル上の空きスペース(アラビア/ドットインデックス)は、Ref.2497の第1世代のダイヤルでは一貫している。曜日と月は12時位置の切り抜き窓に残されている。しかし手巻きムーブメント、Cal.27SC Qを搭載してセンターセコンドに移行したことで、Ref.2497ではダイヤルレイアウトにいくつかの変更が加えられた。

2497 Movement
Cal. 27SC Q。 Photo: courtesy Christie's

Patek 2497 first series in yellow, white, and rose gold
友人デイブ所有の時計。

 まず、センターセコンド化によって、インダイヤルは日付のみを表示するように簡素化された。Ref.2499と同様、ダイヤルはインダイヤルの周囲に切り込みが設けられ、日付トラックの外周はない。秒針がダイヤルの縁を指しているため、トラックもそこに移動し、5分の1秒刻みのハッシュマークと5分間隔(日付と重なる30分を除く)ごとにエナメル加工された数字が配置された。この第1世代のRef.2497のダイヤルには、リーフ針も使用されている。第1世代のダイヤルは、シリアル番号888,001〜888,098のムーブメント搭載機に使用され、それらの製造年は1951年から1954年と合致する。

Patek 2497 first series in yellow
Patek 2497 first series in rose
 上のRef.2497Rに見られるもうひとつの興味深い特徴は、先行するRef.1518に(まれに)見られるプレキシガラスの“サイクロプスレンズ”を持つ個体が時折見られることだ。2017年にフィリップスで販売されたWGの2497G(220万スイスフラン、当時の相場で約2億5000万円)にもサイクロプスが付いていた。しかし、2021年にフィリップスで最後に販売された個体には(280万スイスフラン以上、当時の相場で約3億3890万円)、このサイクロプスはなかった。興味深いことに、本稿で一緒に紹介されているYGとRGの個体は、これまでに製造された唯一のドイツ語表記カレンダーを持つRef.2497sでもある。

第2世代のダイヤル
 Ref.2497のダイヤル第2世代は、実は第1世代よりもはるかに希少である(必ずしもより望ましいというわけではないが)。この新しくリフレッシュされたダイヤルには、バトンインデックスとドフィーヌ針が特徴で、より大胆でバランスの取れた外観に仕上がっている。しかしよく見ると、第2世代のダイヤルには厳密に2種類の異なる派生型が存在する。マークIダイヤルでは、バトンマーカーは基本的に細長い三角形で、両端が切り落とされている。一方、マークIIダイヤルでは細長いピラミッド型で、トップとボトムが傾斜した形状のバトンマーカーが取り付けられている。

Patek 2497J
第2世代ダイヤルを備えたパテック Ref.2497J。この個体は、第2世代ダイヤルの最も古い販売日が1957年10月4日であることが確認されている。Photo: courtesy Christie's

 ある研究が指し示すところとして、パテックのカタログに早くとも1955年には完成した時計として第2世代ダイヤルが登場しているが、調査の結果、(2本の例外を除いて)すべて1959年以降に販売されたことが判明している。オークションに出品された正統な第2世代ダイヤルの個体は、これまでに9本しかない(マークIが5本、マークIIが4本)。マークIIダイヤルは、おそらくRef.2438/1の製造時に残されたもののようで、そのリファレンスは(1本を除いて)すべてこのダイヤルデザインを採用していた。これらのダイヤルのうち2本は、1953/1954年に完成したと記載されているため、顧客の要望で後に変更された可能性が高い。もちろん、Ref.2497のダイヤルにはほかにもいくつかの例外があるが、それはこの記事の後編で取り上げることにしよう。

Mark I dial
マークIダイヤル。Photo: courtesy Christie's

Mark II dial
マークIIダイヤル。Photo: courtesy Chrstie's

 時代背景を考えれば、こうした販売時期の遅れは、ある意味理にかなっている。リフレッシュされたRef.2497のダイヤルが採用されたのは、1950年代後半から60年代にかけての、“モダン”な嗜好を反映したことは明らかである。1954年という早い時期に製造されたRef.2497が、嗜好の変化に伴って急速に売れなくなった可能性はある(調査によって証明された面もある)。パテックは残っていた在庫を吟味し、ダイヤルデザインを変更し、残りの個体を流通させたのだ。これはRef.2497の兄弟モデルである防水仕様のRef.2438/1の後期ロットが製造されるきっかけにもなった。 いくつかの時計は、パテックによって第2世代ダイヤルを備えたツーピースの防水ケースにリケースされた。これらはすべて1960年ごろにパテックがウェンガー社とスターン・フレール社に発注したものである。

 私の偏見のせいで掻き乱すつもりはないが、パテックは新しいデザインでいい選択をしたと思っている。私はRef.1526やRef.2497の第1世代のダイヤルが好きではない。私がメーカーの黄金時代と考えるもの(Ref.2499やRef.3448など)と比べると、まとまりがなくバランスが取れていないように思えるからだ。第2世代では、そのような後期の美学が取り入れられている。ただし2次市場ではあまり売れていない。

 Ref.2497の第2世代ダイヤルの成功は短命に終わった。このリファレンスは数年後の1964年に製造中止となった。しかしRef.1526のダイヤルがRef.2497に受け継がれたのと同様、第2世代ダイヤルは次のモデルにバトンを渡したのだ。1962年には、初の自動巻きパーペチュアルカレンダームーブメントを搭載したRef.3448が、すでに後継モデルとして指名されていた。Ref.3448と後継モデルのRef.3450(うるう年表示付きの“レッドドット”)は、ダイヤルに現代的なデザイン言語を取り入れ、よりシャープで尖ったラグと大型ベゼルの大胆なケースを加え、まとまりのあるデザインに進化した。そう、ケースといえば...

ふたつのケースの物語
 パーペチュアルカレンダー・クロノグラフを象徴するRef.2499と同様、Ref.2497も同じ2社のケースメーカーが同じような美的嗜好を持つケースを製造したが、その出来栄えには微妙な違いがあった。両社の名は象徴的である。ヴィシェ社とウェンガー社である。

Vichet 2499
2012年にクリスティーズにて254万7000スイスフラン(当時の相場で約2億1688万円)で落札されたPG製ヴィシェケース(長いラグ)のパテック フィリップ 第1世代のRef.2499。この価格は、今日ではバーゲンセールのように思える。

 どちらのケースもスリーピース構造で、スナップバックはRef.2499とほぼ同じだ(クロノグラフプッシャーを除く)。そしてRef.2499と同様、一方がもう一方よりも少しアイコニックな存在として扱われている。興味深いことに、2010年代半ばには、ほとんどのオークションハウスがケースメーカーの違いを認めていなかった。幸いなことに、私はケースのシリアル番号の範囲から情報を推定し、記録のギャップに対応することができた。

 私は、Ref.2497の真の第1世代には、アラビア数字のダイヤルとエミール・ヴィシェによるケースというふたつの特徴があると主張したい。ヴィシェはRef.1518およびRef.2499の初期部分における伝説的なケースメーカーであり、Ref.2499と同様に、ヴィシェはRef.2497のケースを、第1世代ダイヤルの生産中に十分な数作ることができなかった。エミール・ヴィシェによるRef.2497ケースの製造数は確認されていないが、私は過去30年間にオークションで落札されたすべての個体(55本)を分類した。このリファレンスの生産時期は主に1951年のリファレンス開始時から1953年末ごろまでにおよび、ムーブメントのシリアル番号は888,000〜888,025にわたる。PG製のヴィシェケースには028、041、042があり、027はヴィシェ社のユニークなスタイルのケースである。ヴィシェ社製ケースの総数は一般的に40〜50本とされている。しかし、ウェンガー社のケースは早くも037で現れ始めたため、ケースは順番どおりにはつくられていなかった。つまりヴィシェ社ケースの総数が40本未満である可能性もあるのだ。

Vichet case stamp
パテックRef.2497の裏蓋、下部にヴィシェの刻印が刻まれている。

 ヴィシェ社とウェンガー社のケースを見分けるのは簡単で、時計を開けて裏蓋の内側を見て、ヴィシェ社なら“Key 9”、ウェンガー社なら“Key 1”の刻印を探せばいい。しかし、30万ドル(日本円で約4610万円)以上の時計を“パカッと開ける”機会はそうそうないはずだ。そこでRef.2499と同様に、まずはラグをよく観察してみよう。

2497R
“真の第1世代”または “ヴィシェ 第1世代”とされる、PGのパテックRef.2497、別名 “ピーター・ノール2497”。この時計は2023年、サザビーズにて149万7000スイスフラン(日本円で約2億5015万円)で落札された。

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2021年にクリスティーズにて25万スイスフラン(当時の日本円で約3000万円)で落札された、YG製の“第3世代”または(ダイヤルで判別する)“第2世代”のウェンガーケースのRef.2497。

 ひと目でケースの違いがわかる人は、おそらくヴィシェ社とウェンガー社のケースをほかの人よりも多く見ているか、あるいはRef.2499のケースを知っているのだろう。Ref.2499と同様に、初期のヴィシェ社ケースのRef.2497は、わずかに長く、より尖って、より三角形に見える“爪のような”ラグが特徴だ。このラグは手首を包み込むような急な落ち込みがあり、約37mm×12~13mmのケースサイズからは想像できないほどモダンな印象を与える。おおよそと言うのは、Ref.2499のように、ヴィシェ社のケースは後期の37mm径ウェンガー社製ケースよりもわずかに小さく、36.5mm程度だ。また、ウェンガー社のケースは37.5mmのものもある。段差の設けられたラグは、ヴィシェ社製ケースの強い個体ではより明白であり、“下方”の段差はミドルケースに接する部分でもう少し広がっている。しかし、写真やポリッシュ仕上げの例ではこれを見分けるのが難しい場合がある。

 どちらの場合(ケース)も、Ref.2497のベゼルはミドルケースまで緩やかに傾斜した凸型をしており、リューズが内側に収まるリングのように突き出している。ヴィシェ社のケースの美観の主張の強さの論拠のひとつは、細長いラグがベゼルの湾曲に完璧にマッチしていることである。確かにそうかもしれないが、実にさりげなく仕上げられている。Ref.2497のベゼルの視覚的なトリックの最たるものは、正面から見ると、実に凹んでかつ膨らんで見えることだ。

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ウェンガー社製YGケースを持つRef.2497の傾斜したベゼル。

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同じスロープベゼルを持つウェンガー社製PGケース。

 時計を裏返すと、最後の決定的な証拠が見つかる。ヴィシェ社製ケースはフラットな裏蓋を持つとされ、ウェンガー社製ケースは“ドーム型”と表現されることが多い。実にフラットなヴィシェ社製の裏蓋を見ると、なるほど納得がいく。ヴィシェ社のケースを使用した有名なピーター・ノールの時計にその特徴を見ることができる。

世界で活躍する浅岡 肇氏のもとに今、自由な時計づくりを夢見る人材が集い始めている。

彼が設立した会社・東京時計精密のサポートを受け、世界へ挑戦する片山次朗氏。そして東京時計精密では、多くの若手時計師たちが彼らの指導を受けながら日々実力を磨く。そもそもすでに独立時計師としての名声を得る浅岡氏は、なぜ東京時計精密を設立したのか? 浅岡氏、そして片山氏のインタビューを通じてその核心に迫る。

発売が予告されると、時計ファンのSNSがざわつき始める──10年前には、だれも予想だにしなかっただろう。日本の小さな時計ブランドが、世界中のコレクターたちから熱い視線を注がれる日が来ることを。ほかでもないKURONO BUNKYŌ TOKYO(クロノ ブンキョウ トウキョウ)と大塚ローテックの話である。

 日本人初の独立時計師であり、AHCI(独立時計師アカデミー)会員である浅岡氏は、自身の作品のムーブメントを含む、ほぼすべてのパーツを自作する希有な独立時計師である。その優れた技術は国からも認められ、2022年には厚生労働大臣から卓越した技能者として表彰されて現代の名工となった。また、若き時計師を支援するプロジェクト「ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ」の審査員に選ばれるなど、その活躍の舞台は世界に広がっている。


HAJIME ASAOKA銘による作品。プロジェクトT(右)とクロノグラフ(左)。

 クロノ ブンキョウ トウキョウは、浅岡氏がデザインを手がけるグローバルブランドだ。自身の作品とは異なり、ケースは信頼が置ける専用メーカーに委ね、ムーブメントはシチズンのグループ会社で製造されるミヨタを採用している。まず2018年にCHRONO TOKYO(クロノ トウキョウ)の名で日本国内で展開され、2019年には海外向けとしてKURONO BUNKYŌ TOKYO(クロノ ブンキョウ トウキョウ)を立ち上げた。2018年のスタート時から浅岡氏の知名度もあって反響は大きく、2020年に発表したクロノグラフ1、そしてアニバーサリーグリーン 森:MORIの2本の腕時計がジュネーブ・ウオッチメイキング・グランプリ(GPHG)にノミネートされたことで認知度は一気に高まった。

 そして2024年、浅岡氏は1957~1962年のわずか4年11カ月しか存在しなかった幻の国産時計ブランド、タカノの名を復活させた。5月に公開されたファーストモデル、シャトーヌーベル・クロノメーターは、その名のとおり21世紀の国産時計初となるクロノメーター取得機だ。しかもCOSCよりもはるかに合格が難しいフランス・ブザンソン天文台の認証を得るという日本初の快挙を成し遂げ、世界的な高級時計としての華々しい船出を飾った。


大塚ローテック。右が6号、左が7.5号。

 一方の大塚ローテックを手がける片山次朗氏は、関東自動車工業のデザイナーを経てプロダクトデザイナーとして独立し、独学で時計製作を始めたという浅岡氏と似た経歴を持つ。現在ラインナップするのは、ダブルレトログラードアワー&ミニッツの6号と、ジャンピングアワーに加えてディスク式分・秒表示を持つ7.5号だ。いずれもベースムーブメントはミヨタ製。各モジュールは片山氏の自作で、ユニークなメカニズムと昭和初期の計器や古いムービーカメラのターレットのような個性的デザインが時計ファンの心を鷲掴みにする。オンラインによる抽選販売方式を採るが、販売予定数をはるかに上回る応募が寄せられてきた。さらに7.5号、6号はスイスのラ・ショー・ド・フォンにある国際時計博物館(MIH)の収蔵品に選ばれ、2024年には7.5号がiFデザイン賞を受賞するなど、業界内外で評価されている。

 これらクロノ ブンキョウ トウキョウと新生タカノ、そして大塚ローテックの製作を担うのが、2016年に浅岡氏が設立した東京時計精密株式会社である。

東京時計精密が目指す、日本の製造業の世界的な成功例

プロダクトデザイナーとして、また写真と見紛うような精巧なコンピューターグラフィックの作り手として順調に活躍していた浅岡 肇氏が時計製作に向き合うようになったのは、自身のデザインを忠実に具現化することを実現するためだったと言う。ゆえに、ほぼすべてのパーツの製作を自ら行ってきた。

 そして東京時計精密を設立し、デザイナーに立ち返ってマスプロダクトのクロノ トウキョウとクロノ ブンキョウ トウキョウを立ち上げた理由を、多くのメディアで「自身の名を冠した作品であるのに注文が殺到して、自分がつける時計が作れなかったから」だと語っていた。この言葉に嘘はない。しかしそれがすべての理由でもない。浅岡氏は、かねてより日本の製造業の未来を憂いていたと言う。技術力は世界トップクラス。にもかかわらず、その実力は価格競争に注がれてきたからだ。

「優れた技術力を、時計という高額商品に転換してきたスイスのモノづくりを日本でも実践すべき」──そんな想いは2014年にまず、自身の作品であるプロジェクトTとして結実した。軸受けに用いる人工ルビーの多くをミネベアミツミが製作する世界最小のボールベアリングに置き換え、その技術を海外に紹介しようと試みたのだ。また、航空宇宙部品を手がける由紀精密、切削工具メーカーのOSGと協業して、超精密加工技術の高さも世界に向けて発信した。


2024年8月からの発売を控える新生タカノのシャトーヌーベル・クロノメーター。

パテックフィリップスーパーコピー代引き n級が届くことを保証します「時計に限らず、日本製を求める海外からのニーズはまだまだ多く、今後この国の製造業が発展していくためにもできることはたくさんあると感じていました。しかし個人ではどうしても限界がある。日本の製造業の世界的な成功例を実証するため、2016年に東京時計精密を設立すると決めたのです」

 また浅岡氏は、「ブランディングが確立できてこなかったことが、日本の製造業の弱点でもある」とも語った。

「ブランドが確立できていれば、高い値段でもモノは売れます。そうなれば技術力が価格競争で消費されることはありません。そしてブランディングに必要なことは、いかにして消費者の共感を引き出すかだと考えています」

 そのためにクロノ トウキョウとクロノ ブンキョウ トウキョウは、コストパフォーマンスという概念を切り捨て、デザイン性とストーリーの創出に注力。そしてスタートアップに際し、浅岡氏はSNSを積極的に活用し、モノづくりの過程を公開した。振り返れば、自身の名を冠した作品でも全工程をSNSで公開することで時計ファンの共感を得てきた。クロノ トウキョウでも同様の手ごたえを感じた浅岡氏は、2018年に渋谷区のマンションの一室にあった工房を文京区に移転して拡張。新たに時計技術者も雇い入れ、クロノ トウキョウを本格的に始動させた。さらにその翌年には、海外向けブランドとしてクロノ ブンキョウ トウキョウをスタート。その成功は前述したとおりである。


「クロノ ブンキョウ トウキョウの成功によって、日本の製造業の在り方に少なくとも一石は投じられたと思っています」

 タカノを復活させたのは、さらなる成功例を積み上げるためだ。そのアイデアを練っていたさ中、東京時計精密の社員が大塚ローテックの7.5号を購入したことをきっかけに、片山次朗氏が同社を訪ねてきた。そして初対面である片山氏に対し、浅岡氏は「大塚ローテックの製作を東京時計精密で一緒にやりませんか?」と、声をかけた。自身の経験からバックオーダーの製作をこなすことに追われ、新ムーブメントの開発に取り組む時間が取れない苦悩を敏感に感じ取ったからだ。片山氏は提案を受け入れ、2022年から大塚ローテックの製造は東京時計精密に委ねられた。そして時間に余裕ができた片山氏は6号と7.5号を改良し、新たなメカニズムの開発にも取り組んでいる。

 大塚ローテックとの提携は、東京時計精密にもプラスに働く。それまでになかったレトログラードやジャンピングアワーの組み立てを通じて、時計技術者たちの技術が向上するからだ。さらにこれまで浅岡氏ひとりで行っていた技術指導に片山氏が加わったことで、より多面的な教育ができるようにもなった。

 文京区に移り、本格的に始動してから6年。東京時計精密は時計技術者に加え、営業・広報・マーケティングなど国内外で活躍していた国際経験豊かなスタッフ陣も含めた強力な組織作りが完成しようとしている。日本の製造業の世界的な成功例を実証する態勢が、さらに強化された。

チームだからできる、モノづくりのおもしろさと可能性がある

片山次朗氏は、2008年にネットオークションでたまたま卓上旋盤を手に入れたことをきっかけに「プロダクトデザインとは違い、ひとりですべてを作り上げることができるかもしれない」と、時計製作に取り組み始め、のめり込んでいった。製造技術を教えてくれたのはYouTubeとGoogleだった。必要な工作機械を順次取り揃えながら、ひとりで黙々と製作に向き合ってきたのである。そして2012年にディスク式レギュレーターの5号が完成したことを機に大塚ローテックを設立し、同機の販売を開始。ほどなくしてメディアに取り上げられたことで注文が殺到し、大塚ローテックは順調な船出を飾った。

 以降、片山氏はモジュールと外装の設計・製造、組み立て、さらに販売まですべてひとりで行ってきた。

「忙しかったですけど、悲壮感はなかったですよ。食べていけなくもなかったですし。でも、ずっとこのままなのかな、その先の道もあるのでは……と考えていた時に、浅岡さんから声をかけてもらったんです」

 誘われた翌日には提携を決めたというから、片山氏にも思うところがあったのだろう。なにしろ6号のベゼルに用いる8本のネジの山をただひたすら旋盤で切る日々が、たびたび続いていたというのだから。そして東京時計精密と提携したことで、片山氏の“その先の道”が開けた。

「浅岡さんからは、しっくりこなかったら、いつでも離れていいと言われていたのですが、創作という好きな時間が増えたことが何よりもありがたかった。辛い作業を手分けできたことで6号と7.5号の素材や作り方、メカニズムを再考し、改良することが出来ました」


 クロノ ブンキョウ トウキョウ用として大量に発注していたメーカーに頼み、それまでミネラルガラス製だった各風防と7.5号の魚眼レンズをサファイアクリスタル製にすることができた。ケースのSS素材もSUS 316Lにアップデート。6号と7.5号の各モジュールも動作安定性と耐久性の向上を図り、設計・使用素材・加工方法を見直した。これらの進化が前述したスイスの博物館所蔵へとつながった。

 さらに製造本数が増えたことは提携の恩恵である。大量のバックオーダーの製作に追われる日々から解放された片山氏は新たな機構の開発に取り組み、2025年早々には発売も予定している。

「創作は今までどおり自分の工房で行い、週に数度、東京時計精密を訪れ、打ち合わせや組み立てチェックなどをしています。手順を教えることもありますが、指導という自覚はなく、一緒にモノづくりをしている感覚ですね。ひとりで完結していたころとは、また違ったおもしろさがあります。若い時計技術者と切磋琢磨できるのは、大手時計メーカーにはない東京時計精密のような小さな工房ならではの魅力ですね」

 創作の時間が増えた片山氏は、イチからムーブメントを設計する個人銘の作品も視野に入れ始めたと言う。

世界を見据えた新たな独立時計師の育成を目指す

東京時計精密には現在、5名の時計技術者が社員として働き、ヒコ・みずのジュエリーカレッジの学生ら5名がアルバイトとして在籍している。その多くが独立時計師である浅岡氏に憧れ、東京時計精密の門戸を叩いた。憧れの時計師、そして世界的に名が知られた片山氏から直接、組み立てに関する指導を受けられるのは、若い技術者にとってこの上ない幸せな環境だと言えるだろう。そして彼らは日々クロノ ブンキョウ トウキョウとタカノ、大塚ローテックの時計の組み立て、検査を行うなかで、時間を見つけてはオリジナルムーブメントの開発にも勤しんでいる。浅岡氏と片山氏は彼らの創作意欲を尊重し、定期的な勉強会を開催。技術者たちは大型モニターに自身のCAD図面を映し出し、設計の意図などをプレゼンし、それに対して浅岡氏と片山氏からアドバイスを受ける。

 また浅岡氏もタカノのケースのCADデータをもとに、2次曲面のレンダリング方法を解説。片山氏は、6号のモジュールのCADデータを用いながらスネイルカムを改良した意味を説明する。技術者たちの身近にあるケースやモジュールが教材となることで習熟度はより早く、その精度も高まるだろう。また新卒の学生は入社後すぐに、春先に開催されているスイスの新作発表会に赴く浅岡氏に同行する機会が与えられていると言う。


 そうした知見を得た技術者が実際に作業する工房は、白一色の内装で作業しやすい明るい環境が整えられている。すべての作業台に防塵装置を完備していることは特筆すべき点かもしれない。浅岡氏曰く「スイスの名門と呼ばれるブランドの時計でも、ルーペで拡大するとダイヤルにホコリが落ちていることがたびたびある」。だからこそ防塵装置は不可欠であり、技術者たちには全員、スイスの時計ブランドでよく見られる名ばかりの白衣ではなく、精密機器製造に特化した超制電・防塵の作業着を支給している。浅岡氏のモノづくりに対する厳格な姿勢は、若い技術者にとって将来の財産になるだろう。そしてタカノに続く、若い技術者が設計した東京時計精密の新ブランドの誕生にも期待したい。


個性が異なる時計に日本の工業技術の未来を託す

浅岡氏は、文京区に工房を移転するに伴い、最新のマシニングセンタ(CNCマシン)を2台導入した。

「それらをただオペレーションするだけなら工場勤務の経験がある人材を雇えばいい。しかし時計のパーツ製作はかなり特殊で、たとえばタカノの時・分針の細くシャープな先端を1発で削り出せるようになるには特別な技能が必要になる。スイスではそれが出来る技術者の層が厚いですが、日本では自社で育成するしかない」

 これも日本のものづくりが価格競争に技術力を消費させてきた弊害である。針の形状を変えれば問題は解消するかもしれないが、浅岡氏には日本の工業技術の価値を高めるという想いがあるため譲れない。現在、東京時計精密では2名の技術者が、CNCマシンのオペレーション指導を受けている。浅岡氏が要求するのは1000分の2mm以下の加工精度。その技術を習得するまでには、かなりの努力を必要とする。

「こうして出来上がった針を仕上げるのにも特殊技能がいる。だから担当者が緊張しないように、失敗してもいいからと3セット分を渡して作業してもらっています」


 東京時計精密という名のとおり、精密加工技術の向上を浅岡氏は常に目指している。だからあえてクロノ ブンキョウ トウキョウもタカノも、デザインをコンサバティブな方向に振った。

「コンサバな時計は競争相手が多く、そのなかで突出することがとても難しい。でも簡単なことで成功するよりも難しいことで成功するほうがインパクトがある。コンサバティブなデザインは、どこまでバランスを突き詰められるかがカギになります。そして日本の優れた精密加工技術で完璧なディテールを形作ることで、そのバランスが保たれると考えているのです」 

 対して大塚ローテックの時計は、片山氏が好む工業製品然とした金属の塊の外観が強烈な個性を放っている。しかしケースに浮かぶ繊細な切削痕や繊細なブラスト、機械彫りした漢字や英字などには高い加工技術をうかがわせる。

 浅岡氏も片山氏も自分のモノづくりを信じ、真摯に突き詰めてきた。前述したように、片山氏が時計製作を始めたのは、ひとりで全部作れるかもしれないという考えからだった。そして浅岡氏も含め、実際にデザイン・設計・製造・組み立てをひとりで行い、世界から認められる時計を生み出すに至った。彼らは今、自身が培ってきた知見や技術を若い技術者へと受け継ぐことを望み、その体制を整えた。

 ゆえに東京時計精密では「我こそは国産時計の未来を担うべく参画したい」という製造業出身者、学生、時計師からのコンタクトを常に待っていると言う。その先に、夢に描く日本の時計づくりの明るい未来があることを信じて。

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